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小泉八雲と岡倉天心。
西洋化が進む明治という時代に、日本の伝統文化の価値を、海外に紹介した二人が、
その著書で、日本の「花」について、奇しくも同じような言葉を遺しています。
「日本人は、野蛮な西洋人がするように、花先だけを乱暴に切り取って、意味のない色の塊を作り上げたりはしない。」
「日本人はそんな無粋なことをするには、自然を愛しすぎていると言える。
花の自然な魅力を引き出すには、その配置や活け方、花と葉や茎との関係がどれだけ大切か、十二分にわかっている。
だから、自然が作り出したそのままの枝や草木の美しさを選び取るのである。」
(ラフカディオ・ハーン著「新編 日本の面影Ⅰ」(角川ソフィア文庫) )
「西洋においては、花を飾るのは富を表す一時的美観の一部、
すなわちその場の思いつきであるように思われる。
これらの花は皆その騒ぎの済んだあとはどこに行くのであろう。
しおれた花が無情にも糞土の上に捨てられているのを見るほど、世にも哀れなものはない。」
「彼ら(花の宗匠)の目的は、花の生活の全美を表すにあるから。
この点については、その他の多くの点におけると同様、彼らの方法は西洋諸国に行われるものとは異なっている。
かの国では、花梗のみ、いわば胴のない頭だけが乱雑に花瓶にさしこんであるのをよく見受ける。」
(岡倉天心著「茶の本」(青空文庫) )
今の日本の「花」、どうでしょうか?